自ら「スーパースターファーマー」「クレイジーな社長」と名乗る、梶谷農園の社長、梶谷譲さんをご存知でしょうか。
人によっては「雑草」と見てしまうような素材も、彼の手にかかると、三つ星レストランのシェフが唸るほどの主役に変わる、そんな雑草・・・いや、ハーブを届けておられます。
彼が農業を始めた当初、ハーブは青果市場で「飾り」としてしか扱われていなかったのだとか。そんなハーブの価値を根本から変え続け、今では150もの取引先をもち、三つ星レストランからもひっぱりだこという、自他が認めるスーパースターファーマーです。
自分の「独自の感覚」を信じる
梶谷社長は、今も山をめぐったり、世界中のレストランを巡り、実際に自分の舌で味わうこと、シェフから直接話を聞くことを欠かしません。それは、常に自らの「独自の感覚」を研ぎ澄まし、その価値を他者と接続する新しい「文脈」を発掘するための行為なのでしょう。
ですが、わたしたちが実際にビジネスの現場に立っているときはどうでしょうか。自分の感覚で何かを感じつつも、それらに価値ある形や意味を与えることに、「難しさ」を感じる人も少なくないと思います。
なぜなら「感覚」は、それ自体に決まった答えや正解があるものではないからです。
おまけに「感覚」で捉えるものは、最初からすっきりと明瞭に感じられるものばかりではありません。曖昧で、不確かで、なんとも頼りない。まだ人に説明できないし、言葉にするのは早すぎる…。でも、自分の中では確かな存在感を放っていて、忘れることができない。
そういった「曖昧なもの」を自分の中に留め置くには、物質的にも、精神的にもコストがかかります。 当面の間、その価値を信じられるのは自分だけであり、今すぐ価値や利益に変換できるものばかりではないからです。
「わかる」ものだけを残し「わからなさ」を削ぎ落とす方がよっぽど簡単で、受け取る人に「何か」を感じてもらえるようになるまでの道のりや時間を思うと、諦めたくなる瞬間の方が多いかもしれません。
ほんとうに価値あるものはひっそりと、ただ存在している
梶谷社長が、山で見つけてくるハーブのように、あなたと、あなたのお客さまになる人たちにとって本当に価値あるものは、それこそ山の中にある植物のように、静かに、ひっそりと、ただ存在しているだけかもしれません。
自分から「ここだよ!」とわかりやすくアピールしてくるものなら、とっくに誰かが見つけています。あなただけがその価値を伝える、唯一の存在にはなり得ないでしょう。
ほんとうに人をしあわせにする何かを届ける、伝えるためには、そんな息を潜めて、ただ存在している何かを「感じる」ところからはじまります。
今は、たしかに特段の力を持たず、ものを言わず、無抵抗な存在かもしれない。むしろ、ほとんどの人が通り過ぎていく、そんなささやかなものほど、大きな力を秘めているかもしれない。
ささやかなものに、小さくとも少しずつカタチを与えていくには、自らの感覚を信頼し、日々研ぎ澄ませながら、ひっそりと存在している何かに心を留め、ひとつひとつ、自分の信じる「粒子」を紡ぎ出していくしかありません。
やがてその「粒子」が、「波」となって伝わる瞬間が訪れたとき、ほかの誰かからも、あなたのブランドのもつ景色や約束を感じられるようになっているはずです。
【編集後記】
本文中、いくつか引用させていただいたのは、東京藝術大学で教鞭を取り「野口体操」を教えておられた、野口三千三さんの言葉です。
私は縁あって、数年間、「野口体操」を教わっておりました。もう十年ほど前のことです。すでに野口先生は亡くなっておられたので、そのお弟子さんと著書を通じて、野口先生の言葉に触れていたのですが、その言葉の断片に触れただけで、どうしようもなく惹かれる自分がいました。すでに絶版になっていた本を何冊も取り寄せたほど。
当時は、なぜ、それほど惹かれるのかよくわからなかったのですが、「感覚こそ力だ」とおっしゃられていた野口先生の教えに、やっと時代が追いついてきていて、これからの時代に必要なことをたくさん伝えてくれていると「感じて」います。
私が言葉にできるのは、教えのほんの一部に過ぎませんが、また折をみて、少しずつご紹介できたらと思います。
TOMOKO
動いていることばの森を歩く。
ニュースレターでは、ことばをもたない生きものの世界から人間のことばのあり方、言語、非言語を横断してみたり、進化しつづけるAIのこと、執筆中のエッセイの断片や、本を読むこと、書くことについてお伝えしています。書くことが好きな方、読むことが好きな方と、ご一緒できるとうれしいです。

